確かなこと

 まとまった降雪が数日間続き、境内の吹き溜まりの除雪に追われる日々がようやく一段落しました。
 道内が大荒れになった先週木曜日、私は札幌出張中で、その日の内に飛行機で帰ってくる予定だったのですが、荒天により飛行機をはじめJRもバスも全て朝から運休となり、翌日の飛行機に振り替えて帰ってくることとなりました。
 翌金曜日は札幌方面は比較的穏やかでしたが、道東方面がいまだ荒れた天候で、私が乗る飛行機は、女満別空港が天候不良で着陸できない時は新千歳空港まで引き返す、という条件付き運航のもと出発しました。1時間ほどの遅れがあったものの、何とか出発できて「やれやれ…」と思いつつも、心中は穏やかではありません。引き返すということになっては、再び面倒なことになるので、「どうか無事に到着してほしい」とただただ願うばかりでした。

 さて…約1時間後、おかげさまで、私の乗った飛行機は風に煽られながらも、無事、女満別空港に到着しました。着陸の瞬間に感じた安心感はなかなか言葉では表現しきれません

 いつもなら間違いなく到着すると信じて乗っている飛行機が、この度は「そうではなかった」ために、私の心には不安が襲いました。考えてみれば、飛行機ばかりでなく、私たちは日頃、根拠のない「確かさ」を持って、「大丈夫だろう」と勝手に信じ込んで日々の生活を送っていますが、本当は私たちの生きる世の中は、「不確か」なことばかりなはずです。
 私たち人間の心が、そもそも不実であり不確かなのですから、その人間が作り出した世の中のものごとで、絶対と言えることなど到底ありえないでしょう。

煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします

「煩悩にまみれた凡夫である我々、そして燃え落ちる家のようにはかない無常の世の中は、あらゆることが、空虚で偽りに満ちており、真実であることはない。その中で、阿弥陀仏の本願念仏のみが、ただ一つの本当のことなのだ。」

『歎異抄』後序

との親鸞聖人の言葉が響きます。

 不確かさばかりの人の世にあって、こればかりは間違いないと阿弥陀仏の本願念仏を味わってゆくことができる「安心感」が、そこにあります。
 不確かな私たちの人生の中に、ただひとつ「確かなこと」を頂いている喜びを教えてくださっています。

世の中安穏なれ

 わが身の往生、一定とおぼしめさんひとは、仏の御恩をおぼしめさんに、御報恩のために、御念仏、こころにいれてもうして、世のなか安穏なれ、仏法ひろまれと、おぼしめすべし

(仏の教えに出会って、みずからの身の救いが解決したと思う人は、仏のご恩に報いるためにお念仏を、心をこめて称え、「世の中が安らかで平穏であるように、仏法がひろまるように」と、お考えになるのがよいのです。)

『親鸞聖人御消息集(広本)』

 今年も残すところ、あと僅かとなりました。

 近年は、お正月を迎えても、若い時のような高揚感のような感覚よりも、歳月の重さを感じることの方が多くなりました。

 さて、私たちはお正月には「あけましておめでとう」という挨拶を交わします。
 よくよく考えてみると、新年を迎えたことをおめでとうと喜べるのは、実に有り難いことであったと気付かされます。

 社会が安定していること。
 命の心配がないこと。
 食べることに不自由しないこと。
 暖かい場所で寝られること。
 孤独の寂しさがないこと。

 そうした恵まれた環境にあってこそ、新年を喜ぶことができるのでしょう。
 逆を言えば、世の中では、それがままならない状況の人たちが、今この時も大勢いるのです。 
 誰もが穏やかに新年を迎えられることを願っているのに、世の中では、人間自身の「エゴ」によって、争い、苦しみ悩みながら、今日一日さえも危うい命が無数に存在しているわけです。

 私たちは、自分の都合こそ善悪の判断基準とし、都合の悪いものは排除しようとします。ですから世の中から争いが止むことがありません。実に哀しく、空しいことです。

 いま私たちがなすべきことは、阿弥陀仏の真実の智慧を拠り所として生きることです。そして、煩悩を抱えた凡夫としての自分自身の姿を知ることです。その中で、感謝と自省を持ち、世の中安穏なれと願う、まことの人間としての生き方が与えられてくるのではないでしょうか。

 

サウナにて

 私は比較的サウナ好き。週に1度は近場のサウナでととのっています。出張で宿泊する時などは、必ずサウナ付きのホテルを選んで、これまた朝からととのっています。

 さて、先日のこと。いつものようにサウナを利用していると、60代とおぼしき男性が入ってまいりました。その人は自前のサウナマットは持っているのですが、タオルは持っていません。タオルがなければ、当然ながら流れた汗を受け止めるものはマット以外無いので、床はびしょぬれになります。その男性は、そのことを全く気にするそぶりも無く、サウナを堪能している様子。
 うーん・・・サウナ好きとしては、残念な気持ちです。
 サウナで汗が垂れて床が濡れるのは当然です。しかしながら、少しでもタオルで受け止めて、次の人がなるべく不快にならないように気遣ってほしいものです。

 「温泉に来てもタオルを持って入らない人もいるんだな…脱衣所もびしょぬれ…?」などと想いを巡らせている内に、今度は若い3人組が入ってきました。賑やかにおしゃべりをしています。せまいサウナ室内だから、ちょっと騒がしいです。しかし、その中の一人がサウナから出るときに、自分が座っていたところや足元の汗を、持っていたタオルで、さっと拭き取って行ったのです。
 ちょっとやかましかったけれど、そんなことが吹き飛ぶくらい感心しました。

 「おそらく、この若者の3倍近くは生きているであろうタオルの無いオジさんよ、この姿を見て、何かを感じておくれ…」と願いました。私も、その若者を見習って、自分の座っていた場所を見返してから出ることを心がけるようにしました。

 自分の行動を省みて、他の人のことを気遣えるということは、年齢が問題ではないのですね。日頃の心がけと習慣なのです。

 何事につけても、つい自分勝手に行動してしまう自分がいます。日々の在り方を省みる姿勢を持って生きたいものだと、若者の姿に学ばせて頂いたことであります。

自分を律する

 ラグビーワールドカップの決勝トーナメントが始まり、白熱した試合が続いています。日本が予選リーグを突破できなかったのは残念ですが、ベスト8に進んだ各国のプレーは、力強く速く華やかで、さすがと思える見応えのある試合を見せてくれます。 
 準々決勝の4試合はいずれも僅差のスコアで勝負を分けており、どちらのチームが勝ってもおかしくないような好試合ばかりでした。それ故に、負けた側は、大変悔しい思いをしたのではないでしょうか。
 しかし、試合後の各国のラグビー選手たちは、負けた側はその悔しさをぐっとこらえ、ノーサイドの精神に則って、相手チームの選手を讃えることを忘れません。反対に、勝ったチームも決して奢らず、必ず相手チームを讃えます。勝者も敗者も共に輝いているその場面は、いつ見ても心を打たれるのです。

 また、競技は全く別物ですが、日本国内では先日、将棋の藤井聡太さんが史上初の八冠を成し遂げ、大きなニュースとなりました。将棋においては、勝敗が決した後に、お互いが対局を振り返る「感想戦」というものがあるそうです。初めて感想戦の存在を知った時、将棋をしない私は、「試合で負けた後に、悔しさを押し殺して対局を振り返ることなんて、よく出来るな…」と思ったものです。
 これもラグビーのノーサイド精神に通じるものがあり、お互いに全力で戦ったからこそ、負けた方は胸を張って勝者を讃え、勝った方も決して奢らず、相手を認めることが出来るのでしょう。

 必ず勝者と敗者が生まれるこうした勝負の世界の中で、常に自らの心を律し、勝敗に関わらず相手を認めていくということは本当に難しいことだと思います。そのことが出来るからこそ一流のプレイヤーとなれるのかもしれませんね。

 さて、私たちは、ともすれば自分の望みに反することがあれば、そっぽを向き、自分の方が正しいのだから嫌味の一つでも言ってやろうという慢心を抱えていないでしょうか。

邪見驕慢悪衆生
(よこしまな考え方や間違ったものの見方をして、おごり、たかぶりの中で、生きている我ら)

『正信念仏偈』

との親鸞聖人の言葉が胸に刺さります。
 自分の心を律し、省みながら、互いが認め合えるような社会を実現していきたいですね。

視点

 大学に進学した長男が京都から夏休みで帰省していた折、長男の部屋の上階から水漏れが発生したとマンションの管理会社から連絡が来ました。水漏れした部屋の斜め下にあたる長男の部屋の方が、真下の部屋よりも浸水がひどかったそうですが、なんとか家財道具などは水浸しにならずに済んだようです。

 しかし、後日部屋の様子を心配しながら京都に戻った長男には、それなりの試練が待っていました。

 床面は半分ほどが水につかったため、でこぼこになり、敷いていたラグにはカビが生えていました。食料を保管していたキッチンの棚にもカビが生え、食材にニオイが移っていました。トイレや風呂にも、汚れた形跡があり、何よりも部屋全体がカビ臭くて、生活がままならない状況だったようです。
 しばらくホテル住まいをしながら、管理会社や保険会社と修繕対応の話を進めました。修繕完了までは1~2ヶ月はかかるらしく、それまで代わりの部屋を管理会社に用意してもらう必要があるようです。

 こうして文章にすると、それほどのことでは無いように思われますが、まだ一人暮らしをはじめて半年ほどの長男が、これらのすべてを自分ひとりで対応するのは、なかなか大変だったようです。(実際には、私や妻に何度も電話で相談し、「勘弁して」と頭を抱えながら、進めていました。)
 しかし現在は、まだ仮部屋も決まっていないものの、先の見通しが立ったことで、当初の混乱は落ち着き、多少の心の余裕が出来ました。

 さて、長男は当初、このような状況に困惑し、「何でこんな目に遇わなくてはいけないんだ」と嘆いていました。しかし、心に余裕ができた今は、「まぁこれもいい社会勉強になった」と言っています。「漏水事故」に対して、当初は「迷惑極まりない」と感じていた長男が、視点を変えることによって「自分を成長させる出来事」として受け止めることができたようです。

 物事の見方ひとつで、同じ出来事でも全く受け止め方が異なってくるのですね。

 このことは、私たちの身の回りに起こるすべての出来事に当てはまります。私たちは人生の中で、様々な悲苦に出あわなくてはなりません。必ず起こる困難を、どの視点から見つめていくかが肝心です。

 悲嘆にくれ、愚痴をこぼし、「ああしておけば・・・」と悔やんでばかりよりも、辛く苦しいあの出来事も、私の人生の大切な1コマだったのだな、と受け止められる視点をもって生きていきたいものです。

先祖代々

 先日、お参りに行った先で、「先祖代々という言葉は、すでに死語になっているらしいよ」というお話を伺いました。

 たしかに昨今は、生まれ育った土地を離れて生活する人が増え、「家」や「仏壇」・「墓」・「土地」など、代々受け継がれてきたものが、継承しにくくなってきています。

 昔よりも交通が便利になったこともあり、「住」生活の仕組みも変化しているのですから、それも致し方ないことと思いますし、社会の変化の中で、「当たり前」だと思われていたことが過去のものになっていき、新しい「標準」が出来あがっていくことは、決して悪いこととは思いません。
 そうした中で「先祖代々」という言葉が用いられなくなることは、必然だったのかもしれませんが、その言葉とともに、考え方そのものも無くなってしまうのでしょうか。

 社会が変わったからと言って、「大切なこと」まで「過去のもの・不要なもの」として捨て去ってしまうわけにはいきません。それでは、私たちの人生そのものが、大切なものを忘れた空虚な人生になってしまうことでしょう。

 私は住職として、仏壇や寺との関係、家や土地などを、過去の伝統の通りに継承していくことが、本当に大切なことだと言うつもりはありません。それが難しいのであれば、社会の変化に対応できる、何か良い方法を探すべきでしょう。

 一番肝心なことは、継承の仕方・形というよりも、私たちの「今」が、果てしない「過去」から繋がっているということに「想いを致すことが出来るかどうか」ではないでしょうか。それは言い換えれば、自分のいのちの尊さや重みに気づいていくことが出来るかどうかということだと思います。

 まもなくお盆を迎えます。せっかくのご縁ですから、お盆参りを勤める中で、家族揃って「先祖代々のいのち」に想いを致してみませんか。先往く人々の存在を感じ取って、それをひとりひとりの心の中に継承していけることが、とっても大切で素敵なことではないでしょうか。

スギナ

 だんだんと温かくなり、草木が芽吹き、花が咲く、素敵な時候になって参りました。

 軒先にある私の家庭菜園と花壇も、緑が鮮やかになって参りました。が、しかしちょっと手入れをサボっている内に、花壇にはスギナがぐんぐん成長し、存在感を放ち始めました。

 いよいよ見て見ぬふりができなくなってきましたので、昨日ようやく雑草抜きに取りかかったのですが、立派に成長したスギナのたくましさには驚かされました。

 スギナは地下茎を伸ばして増えますが、一体どこまで繋がっているのか…と思うほど、長く立派な根が埋まっています。全て掘り返す訳にもいかず、「どうせまた伸びてくるよね」と溜息をこぼしながら、引っこ抜いていました。

 そうやって、あれこれ考えながら作業している内に、見えないところで根が繋がりあって、土の表面に出てきているスギナの様子を見て、
「これって人間も一緒だな。みんな見えないところでご縁によって繋がっているんだな。」
ということを、ふと、思いました。

 自分の目の前にいる人は、どれだけ深い縁をもって見えないところで繋がっていたことか…。

「一切(いっさい)の有情(うじょう)は、みなもって世々生々(せせしょうじょう)の父母兄弟(ぶもきょうだい)なり。」

 (すべての生きとし生けるものは、みな生まれ変わり死に変わりする中で、父母であり兄弟であったのだ)

『歎異抄』第5条

と親鸞聖人が仰っているように、私たちの想いが及ばないほど深いところで、みな繋がり合い、たまたま縁あって、いま出遇うことが出来ているのでしょう。

 今は、コロナによって「人付き合い」というものが変化し、以前より、人間同士のつながりが希薄になっているかもしれません。そういう時だからこそ、せっかく出会うことが出来た目の前の人とのご縁の深さに想いを致し、その出遇いを大切にしていかなくてならないな、と改めて感じさせられます。

 やっかいなスギナが、何だか大事なことを教えてくれたような気がします。…だとしても、そんなに生えてこないで…。

シーズン到来

 北海道にも遅い春がやってきました。息子が所属している少年野球チームの活動もいよいよ本格始動です。
 先週末から、練習試合が続いていましたが、四戦全勝と今までにないほど好調な滑り出しで、今シーズンは応援する側も力が入りそうです。

 さて、スポーツは必ず勝ち負けの結果が生まれます。たとえ今は連勝していても、いずれ強豪チームに負けを喫する日が来るでしょう。長い目でみれば悔しく辛い思いをすることの方がきっと多いはずなのに、なぜスポーツをする人はいなくならないのでしょう。

 それは言うまでも無く、スポーツには悔しさ以上の喜びや楽しさがあるからですね。

 スポーツ(特にチームスポーツ)は独りでは行えません。チームメイト、相手、監督やコーチ、サポートしてくれるスタッフ、応援してくれる人、それ以外にも沢山の支えや協力があって成り立ちます。

 このことは、世の中の全ての事物は、ただそれだけで存在しているのではなく、無数の縁によって繋がりあって初めて存在し得るという仏教の考え方に通じますね。

 そのことに気付いてスポーツに取り組むと、その楽しさや喜びは一層深まってゆくようにも思いますし、取り組む姿勢も変わってくるかもしれません。

 少年野球も同じ事が言えます。小学生には少々難しいかもしれませんが、ぜひ大切なことに気付いて欲しいと願います。そして、一層楽しく野球に取り組んで欲しいものです。

言葉

3月1日。
高校三年生の長男の卒業式に出席して参りました。

コロナによって、大切な高校三年間を、沢山の苦労や我慢と共に生活することになった彼ら。これからの新しい日々が、希望に溢れ、明るく照らされていくことを願うばかりです。

さて、彼らは今後広い社会に出て、より多くの「言葉」に出遇うことでしょう。私たちは言語を用いて思考し、活動しますから、どのような言葉に出遇うかということは、とても重要です。学業や仕事に励む中で、きっと自らが支えられ、人生の導きとなるような素晴らしい言葉との出遇いがあるはずです。

「善悪の二つ総じてもつて存知せざるなり。
  中略
煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします。」

『歎異抄』後序

私は、大学に進んだ頃、この『歎異抄』の一節に初めて出遇って大きな衝撃を受けました。それまでの私の考え方や知識をひっくり返すような力のある言葉でした。

親鸞という人物は一体何を伝えたのか、そして、その人が「ただひとつのまこと」と言った念仏とは何なのだろうと、この『歎異抄』の言葉を通して、浄土真宗の教えに深く興味を抱いたことでありました。

「そらごと」「たわごと」が溢れかえる世の中だが、しかしその中で、自分の人生を支えてくれる「まこと」の言葉がある。親鸞聖人は、それが「南無阿弥陀仏」なのだと受け止められています。親鸞聖人も、法然上人を通じて、念仏というまことの言葉に出遇い、何度挫折しようとも立ち上がり歩んで来られたのでしょう。

「ほんとう」の言葉には、自らを支えてくれる大きな力があります。人生を照らし、歩む道を明らかにしてくれる、かけがえのない言葉に、どうか彼らが出遇えますように・・・心から願っています。

鎌倉時代

昨年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を後から見ようと全話録画したままになっていました。
それをようやく年明けから見始め、先日最終回を迎えました。

今さらですが「鎌倉ロス」です…。

終盤は一日一話どころか、時間の許す限り見入ってしまいました。

物語は、伊豆の小さな豪族に過ぎなかった北条家が、鎌倉幕府の執権として権力を掴んでいく様子が描かれました。
中盤から終盤にかけては、鎌倉や北条家に仇となる人物は悉く、執権となった北条義時の謀略によって命が奪われていくという重たい展開だったものの、登場人物には人間くささが溢れ、心打たれる場面も多く、見続けてしまった次第です。

ところで、鎌倉で有名なものの一つに「大仏」があります。鎌倉の大仏は、1252(建長4)年に鋳造が開始されたこと以外、はっきりしたことは分かっていないそうですが、一説によれば、奈良の大仏の復旧に尽力した源頼朝と北条政子が、鎌倉にも大仏建立を発願したとか。

頼朝はその数年後に没したため、完成を見ることはなかったそうですが、その意思は後の者に引き継がれ、関東を代表する見事な大仏が完成したのですね。
大河ドラマの作中では、大仏に関わる話には触れられなかったものの、登場人物が神仏に祈るシーンは、たびたび出て参りました。その描写の通り、当時の人々は、私たち現代人よりもはるかに神仏の存在を身近に感じ取り、畏れ敬っていたのでしょう。

ちなみに、鎌倉の大仏さまは、私たち真宗門徒が拠り所としている「阿弥陀如来」です。奈良の大仏さま(盧舎那仏)とは異なる阿弥陀如来像を建立した理由は詳しく分かりませんが、源頼朝や北条政子をはじめ、鎌倉の多くの人々が阿弥陀仏を信じ、極楽浄土への往生を願っていたのかもしれません。
ドラマで描かれていたように、国を統治していくために人の命がいとも簡単に奪われていく戦乱の世では、阿弥陀仏の浄土を願わずにはおれなかったのでしょうか。

鎌倉時代初期は、法然上人や親鸞聖人がご活躍なされた真っ只中です。法然上人の法語録には、北条政子との手紙のやり取りと言われる言葉が残っていますが、果たして二人がどこかで実際に顔を合わせ、法然上人の教えを政子が聞いたことはあったのか・・・。
また、親鸞聖人が関東にいらっしゃった頃、鎌倉との関わりはあったのか・・・。
いろいろと空想が膨らむこの頃です。