ひと言法話

毎月一つか二つ、日々の生活の中での法味をお伝えして参ります。


  • 洗車日和

    5月に入ってから晴れの日が続いています。
    毎年この時期になると、車を洗車して鉄粉取りをしているのですが、今年はなかなか適した天候になりません。
    晴れが続いているのに何故!?と思いますか?
    洗車に適しているのは、ほどよく雨が降った後の曇り空です。晴れた日に気持ちよく!と行きたいところですが、晴れているとボディーがすぐに熱くなりますし、最近のように乾燥していて風が強い日には、砂埃が舞ってしまい洗車には不向きなのです。

    そんな訳で、そろそろ「雨が降って欲しい」と思っている今日この頃です。しかし、子供の運動会や野球の試合がある時なら、もちろん「晴れて欲しい」と思います。雨不足で畑の野菜が萎びている時は、逆に「いい加減、雨降れよ…」と嘆きます。
    こうやって自分の都合によって、天気に文句を言ったり、喜んだりしている自分がいます。
    考えてみると、天気どころか、あらゆる物事や人に対して、自分の意に適っていれば「善」、意に反していれば「悪」、と自分勝手にレッテル貼りをしていることに気付きます。
    同じものでも、その人の都合ひとつで、全く異なる見方をしてしまう私達です。世の中から争いが絶えないのも当然と言えるでしょうか。
    自分の都合次第で、白、黒、と色が変わるメガネを外して、本質を正しく見つめることが出来る眼を持ちたいものです。

     


  • さくら

    今年は例年になく桜の開花が早いようです。東光寺のヤマザクラもすでに五分咲きというところです。
    先日、テレビのニュースで、桜は2月以降の累計気温が600度(だったでしょうか?)に達すると開花するということを初めて知りました。桜の木は、どうやってその情報を蓄積しているんでしょう?自然の不思議さを感じます。私たちの目に見えない「働き」があるのだと思います。
    人間も自然の一部です。ですが、日々便利さや快適さばかりを追い求め、「目に見えぬものに支えられ、生かされている」自分自身の在り方を、私はすっかり忘れてしまっています。
    今年も変わらず自然の法則の中で、美しく花をつかせる桜の木に、改めて教わることであります。

    国道39号線沿いの桜