7月の定例法座

7月19日(水)13時より定例法座です。
この度は、お勤めと法話の後に、社会福祉協議会のボランティアさんたちのご協力で「ふまねっと運動」を行います。

下の写真のようなネットを使って、ステップ運動を行います。簡単で楽しい運動ですので、どうぞお気軽にご参加ください。

スギナ

 だんだんと温かくなり、草木が芽吹き、花が咲く、素敵な時候になって参りました。

 軒先にある私の家庭菜園と花壇も、緑が鮮やかになって参りました。が、しかしちょっと手入れをサボっている内に、花壇にはスギナがぐんぐん成長し、存在感を放ち始めました。

 いよいよ見て見ぬふりができなくなってきましたので、昨日ようやく雑草抜きに取りかかったのですが、立派に成長したスギナのたくましさには驚かされました。

 スギナは地下茎を伸ばして増えますが、一体どこまで繋がっているのか…と思うほど、長く立派な根が埋まっています。全て掘り返す訳にもいかず、「どうせまた伸びてくるよね」と溜息をこぼしながら、引っこ抜いていました。

 そうやって、あれこれ考えながら作業している内に、見えないところで根が繋がりあって、土の表面に出てきているスギナの様子を見て、
「これって人間も一緒だな。みんな見えないところでご縁によって繋がっているんだな。」
ということを、ふと、思いました。

 自分の目の前にいる人は、どれだけ深い縁をもって見えないところで繋がっていたことか…。

「一切(いっさい)の有情(うじょう)は、みなもって世々生々(せせしょうじょう)の父母兄弟(ぶもきょうだい)なり。」

 (すべての生きとし生けるものは、みな生まれ変わり死に変わりする中で、父母であり兄弟であったのだ)

『歎異抄』第5条

と親鸞聖人が仰っているように、私たちの想いが及ばないほど深いところで、みな繋がり合い、たまたま縁あって、いま出遇うことが出来ているのでしょう。

 今は、コロナによって「人付き合い」というものが変化し、以前より、人間同士のつながりが希薄になっているかもしれません。そういう時だからこそ、せっかく出会うことが出来た目の前の人とのご縁の深さに想いを致し、その出遇いを大切にしていかなくてならないな、と改めて感じさせられます。

 やっかいなスギナが、何だか大事なことを教えてくれたような気がします。…だとしても、そんなに生えてこないで…。

うどん講法要のご案内

令和5年度うどん講法要を次のとおり行います。
お念仏の御教えを訪ねていく法要です。どうぞお誘い合わせの上お参りください。


なお、コロナ対応で3年間中止していた御斎(おとき)のうどん提供を再開します。
ご参詣の方は正午より、うどんを召し上がって頂き、午後1時からの法要にお参りください。
地域の当番の方には、ご奉仕のほどよろしくお願い致します。

日時:6月19日(月)~20日(火)午後1時~法要開始
(うどんの提供は正午~)

境内整備のおしらせ

広間と本堂の間の石階段のくずれ改修と、境内への車乗り入れの利便性向上のために、境内地の樹木の移植と石の撤去を行っております。

工事期間は6月中旬までを見込んでいます。
期間中もお寺には通常どおりご参詣頂けますが、重機や足下には充分にご注意ください。

広間前の石と樹木を移動しました。
崩れかけていた広間前石段を組み直し、拡張します。

シーズン到来

 北海道にも遅い春がやってきました。息子が所属している少年野球チームの活動もいよいよ本格始動です。
 先週末から、練習試合が続いていましたが、四戦全勝と今までにないほど好調な滑り出しで、今シーズンは応援する側も力が入りそうです。

 さて、スポーツは必ず勝ち負けの結果が生まれます。たとえ今は連勝していても、いずれ強豪チームに負けを喫する日が来るでしょう。長い目でみれば悔しく辛い思いをすることの方がきっと多いはずなのに、なぜスポーツをする人はいなくならないのでしょう。

 それは言うまでも無く、スポーツには悔しさ以上の喜びや楽しさがあるからですね。

 スポーツ(特にチームスポーツ)は独りでは行えません。チームメイト、相手、監督やコーチ、サポートしてくれるスタッフ、応援してくれる人、それ以外にも沢山の支えや協力があって成り立ちます。

 このことは、世の中の全ての事物は、ただそれだけで存在しているのではなく、無数の縁によって繋がりあって初めて存在し得るという仏教の考え方に通じますね。

 そのことに気付いてスポーツに取り組むと、その楽しさや喜びは一層深まってゆくようにも思いますし、取り組む姿勢も変わってくるかもしれません。

 少年野球も同じ事が言えます。小学生には少々難しいかもしれませんが、ぜひ大切なことに気付いて欲しいと願います。そして、一層楽しく野球に取り組んで欲しいものです。

春の永代経法要

春季永代経法要と納骨堂法要を、次のとおり勤修いたします。
4月2日(日)午後1時~
4月3日(月)午前10時~

布教:本山出役布教師  川田 信五 師
 

コロナ禍により中止されていた本山出役布教が、今年から再開されます。この度は、香川県三本松より川田信五師が布教使として出役されます。どうぞ、お誘い合わせの上、ご聴聞ください。

言葉

3月1日。
高校三年生の長男の卒業式に出席して参りました。

コロナによって、大切な高校三年間を、沢山の苦労や我慢と共に生活することになった彼ら。これからの新しい日々が、希望に溢れ、明るく照らされていくことを願うばかりです。

さて、彼らは今後広い社会に出て、より多くの「言葉」に出遇うことでしょう。私たちは言語を用いて思考し、活動しますから、どのような言葉に出遇うかということは、とても重要です。学業や仕事に励む中で、きっと自らが支えられ、人生の導きとなるような素晴らしい言葉との出遇いがあるはずです。

「善悪の二つ総じてもつて存知せざるなり。
  中略
煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします。」

『歎異抄』後序

私は、大学に進んだ頃、この『歎異抄』の一節に初めて出遇って大きな衝撃を受けました。それまでの私の考え方や知識をひっくり返すような力のある言葉でした。

親鸞という人物は一体何を伝えたのか、そして、その人が「ただひとつのまこと」と言った念仏とは何なのだろうと、この『歎異抄』の言葉を通して、浄土真宗の教えに深く興味を抱いたことでありました。

「そらごと」「たわごと」が溢れかえる世の中だが、しかしその中で、自分の人生を支えてくれる「まこと」の言葉がある。親鸞聖人は、それが「南無阿弥陀仏」なのだと受け止められています。親鸞聖人も、法然上人を通じて、念仏というまことの言葉に出遇い、何度挫折しようとも立ち上がり歩んで来られたのでしょう。

「ほんとう」の言葉には、自らを支えてくれる大きな力があります。人生を照らし、歩む道を明らかにしてくれる、かけがえのない言葉に、どうか彼らが出遇えますように・・・心から願っています。

春のお彼岸法要

令和5年の春のお彼岸法要を次のとおり勤修します。

令和5年3月19日(日)~21日(火・祝)
各日午後1時より
法話 住職・前住

春分の日を中日とする一週間が、「春のお彼岸」の期間ですが、東光寺では、上記の3日間法要を勤めます。どうぞお誘い合わせの上御参詣ください。

春分の日には太陽が真西に沈んでいきます。『仏説阿弥陀経』には「これより西方十万億仏土を過ぎて仏国土有り」と、西方には阿弥陀様の極楽浄土が在ると説かれています。

西方にまします阿弥陀仏、そして極楽浄土で諸仏となってゆかれた亡き大切な方々の深い恩があればこそ、私たちはお念仏に出遇うことが出来たのでありましょう。いまこの時、この私が、確かにお浄土へと向かわせて頂く身に育てられているのです。

お彼岸のご縁には、西方浄土から「まかせてくれよ。必ず助けるぞ。」と誓ってくださっている阿弥陀様のご本願に想いを致し、そして大切な亡き人を偲びつつ、御恩に報いていく感謝のお念仏を称えさせて頂きましょう。

慶讃法要

今年は親鸞聖人御誕生850年ならびに立教開宗800年のアニバーサリーイヤーです。 

私たち真宗興正派では、4月18日から20日まで、本山興正寺にて慶讃法要を勤修します。【詳しくは本山興正寺のHPへ】

北海道教区第五組の本山団体参拝に興味のある方は、まだ間に合いますので、どうぞお問い合わせください。

鎌倉時代

昨年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を後から見ようと全話録画したままになっていました。
それをようやく年明けから見始め、先日最終回を迎えました。

今さらですが「鎌倉ロス」です…。

終盤は一日一話どころか、時間の許す限り見入ってしまいました。

物語は、伊豆の小さな豪族に過ぎなかった北条家が、鎌倉幕府の執権として権力を掴んでいく様子が描かれました。
中盤から終盤にかけては、鎌倉や北条家に仇となる人物は悉く、執権となった北条義時の謀略によって命が奪われていくという重たい展開だったものの、登場人物には人間くささが溢れ、心打たれる場面も多く、見続けてしまった次第です。

ところで、鎌倉で有名なものの一つに「大仏」があります。鎌倉の大仏は、1252(建長4)年に鋳造が開始されたこと以外、はっきりしたことは分かっていないそうですが、一説によれば、奈良の大仏の復旧に尽力した源頼朝と北条政子が、鎌倉にも大仏建立を発願したとか。

頼朝はその数年後に没したため、完成を見ることはなかったそうですが、その意思は後の者に引き継がれ、関東を代表する見事な大仏が完成したのですね。
大河ドラマの作中では、大仏に関わる話には触れられなかったものの、登場人物が神仏に祈るシーンは、たびたび出て参りました。その描写の通り、当時の人々は、私たち現代人よりもはるかに神仏の存在を身近に感じ取り、畏れ敬っていたのでしょう。

ちなみに、鎌倉の大仏さまは、私たち真宗門徒が拠り所としている「阿弥陀如来」です。奈良の大仏さま(盧舎那仏)とは異なる阿弥陀如来像を建立した理由は詳しく分かりませんが、源頼朝や北条政子をはじめ、鎌倉の多くの人々が阿弥陀仏を信じ、極楽浄土への往生を願っていたのかもしれません。
ドラマで描かれていたように、国を統治していくために人の命がいとも簡単に奪われていく戦乱の世では、阿弥陀仏の浄土を願わずにはおれなかったのでしょうか。

鎌倉時代初期は、法然上人や親鸞聖人がご活躍なされた真っ只中です。法然上人の法語録には、北条政子との手紙のやり取りと言われる言葉が残っていますが、果たして二人がどこかで実際に顔を合わせ、法然上人の教えを政子が聞いたことはあったのか・・・。
また、親鸞聖人が関東にいらっしゃった頃、鎌倉との関わりはあったのか・・・。
いろいろと空想が膨らむこの頃です。